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音楽について

2013 〈MY BEST ALBUM 25〉~No.2

 

【No.2】Blood Orange - Cupid Deluxe

Cupid Deluxe

Fatboy Slim、Prince、Aphex Twim…

彼らにはそれとは違う名前がいくつもある。

何故そんなに名前を変えるんだろうか?名を一つにしても十分な名声を手にしているし、意欲作や問題作は同じ名でも生まれてくる可能性はある。と普通に疑問を抱いていた時期もあったが、思うに、単に名前を変える=心機一転という脈絡ではなく、もっと己のミュージックライフの根元を掘り返すような動機が、名を変えて作品を作る原因なのではないか。その動機と原因が起こす化学反応式は、変名の数=多作家の証という方程式なのだとしたら、名前の数だって胸を張る指標の一つにもなりえる。もちろん、変名したからといって名作を残せるわけではないし、自らの欲求で生み出したモノが全て受け入れられるほど、世の中は甘くないだろう。

しかし、時代を作る天才というのはそういう方程式や世の中の定説を裏切る形で爪跡を残すものなのかもしれない。現に“Dev Hynes”なるヒューストン出身の黒人は2005年にTest Icicles(以下“TI”)の一員として英国デビューし、ハードロック、パンク、メタル、ディスコなどを原材料にエレクトロやヒップホップに至るまで、ニューエイジのカリスマとして大きな衝撃を音楽シーンにもたらした。今改めて聴いてもカッコイ。ザ・ローファイ。

アグレッシブ過ぎるほどの熱量を持って活動し、各音楽メディアにも賞賛されたTIも1枚のアルバムを残し、僅か2年の活動期間で突如解散。正直、未だにもったいないと思っているので、いつ再結成してくれても構いません...

そんなセンセーションなデビューとは裏腹に次なる変名:Lightspeed Champion(以下“LC”)ではあっと驚く変化を遂げる。それまでのHynesはローファイで奇天烈、ジャンルやルーツから外れることが自らのアイデンティティと言わんばかりの音楽性だったのに、LCでは一気にフォークミュージックを自分の核としている。この頃から彼の特性というか、単に多作家というミュージシャン家業にだけ依存することなく、「いま求められるべき音」を「求められるタイミング」でシーンに打ち出す才能が彼にあることを証明している。

 LCでは2枚のアルバムを発表。他にもThe Chemical BrothersBasement Jaxx等の作品にゲスト参加。さらにSolange(Beyoncéの実妹)のプロデュースを手掛けるなど、もう人気者以上にワーカホリックな一面も見せている。

 

このような活動歴をフラッシュバックして、やっと本題のBlood Orangeである。2011年に発起されたこの変名活動。昨今のR&B/ソウルとインディーロックの接近を暗示するかのように、2013年のこのタイミングでシーンとバッチリ噛み合ったのが流石。この『Cupid Deluxe』は2枚目のフルアルバムだが、前作『Coastal Grooves』以上にR&B、そしてソウルフルなインディーロックの香りを強めた内容になっている。

さらに、彼の才能に絡みつくゲストも面白い。キャロライン・ポラチェック〈チェアリフト〉(M1)、サマンサ・ウルバーニ〈フレンズ〉(M2)、デイヴ・ロングストレス〈ダーティー・プロジェクターズ〉(M4)、デスポット(M7)、ダム・ベインブリッジ〈カインドネス〉 (M11) が客演として参加。ミックスはジミー・ダグラス(ビョークティンバランドなど)が務めるなど、クレジットだけ見ても豪華。そしてどの楽曲も、それら招かれた色と混ざり合うことでBlood Orangeの色相濃度をより高め、色彩を豊かにしている。

インディーの域を超えないメジャー感をパンク、エレクトロ、ヒップホップ、フォーク、R&Bのレイヤーを行き来しながら操っているHynes。その最新で最高の、最大級なインパクトが『Cupid Deluxe』に集約されているとして、やはり今作は2013年に発表されるべくして作られたような気がする。TI、LC、プロデュース等の活動を振り返りながら彼の作品を聴き返すと、今現在のインディーシーン全体もDev Hynesの掌の上にあるんじゃないか…と思い込んでしまう。おそらくその思い込みはいずれ実像となって耳や目に飛び込んでくることになるだろうが....

あと数年後、もしかしたら半年後にまた新しいデヴ・ハインズの変名録が更新されるかも。その次なるアクションまで、そう時間はかからないはずだ。

 

 《追記》

Blood Orange名義よりもDev Hynes個人の活動は本当に活発だった。あちらこちらで彼の名前を見かけ、大物から注目新人までにもその手腕を買われているプロデュース力は相変わらず。その中でもKylie Minogueのチャリティーシングルとしてプロデュース参加した「Crystallize」はBabydaddy (Scissor Sisters)との共作ながらKylieの良さをナチュラルに引き出していた。


そしてFKA twigs『LP1』への参加も大きなニュースだった。Arcaが手掛けた「Hours」ではギタープロデュースを担当しているが、一聴した時にそのギターをハッキリと聴き取れるかと言われたらこれが全く分からないのだ 笑。あくまで素材の一つとして彼のギターの音色が使用されているのだろう。この曲には他にもEmile Hynieがメロトロン、ドラム、シンセで参加。Clams CasinoがArcaと共にプロデュース参加している。

今年夏にその『LP1』にも参加していたEmile Hynieの楽曲にSampha、Charlotte Gainsbourgと共に参加。ちなみもう一方の「Falling Apart」にはAndrew WyattとBrin Wilson(!)がゲスト参加しているのでこちらもチェックを。

さらに今年はアイコンとしての活動も目を惹いた。カルヴァン・クラインの香水を宣伝する新CMにKelelaやガールフレンドのSamantha Urbaniなどと共に出演。Say Lou LouやBIGBANGのテヤンなどもこのCMではセクシーな一面を見せている。

最近ではJulian Casablancas + The VoidzのNY公演にゲスト出演。The Strokes「You Only Live Once」を歌っている姿は少し異様ではあるが...元々ガレージロックやポストパンクなどは好んでいるHynesだけに、Hip HopやR&Bの好きなJulianとは馬が合うのだろう。

2014年全体のシーン傾向としてビートやリズム、楽曲のスタンダードな構成を逸脱するような存在が注目を浴びていたが、その存在の側には彼の名前が並んでいることが多かった。ということは時代を先行く、いや、近しい未来を聴きつつも今現在の足場で最高で最善のパフォーマンスをする柔軟性を彼は持ち合わせているのだ。来年はどのベクトルを向いてどんなアウトプットをしていくのか。Dev Hynesの名はやはり忘れてはいけない。