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音楽について

The Weeknd『STARBOY』は聴いておかないと2020年に必ず後悔する

The Weeknd Daft Punk Kendrick Lamar A Tribe Called Quest Daniel Wilson Ali Shaheed Muhammad Alicia Keys Cashmere Cat Lana Del Rey Prince David Bowie 2016

そっと忍び寄る静かな衝撃。姿を変え、気配を消し、わずかな精鋭を従えて確実に標的を狩る。

11月25日に全世界同時シェアされたThe Weekndの新作『STARBOY』を一聴したインパクトがまさにそれだった。デビューから自身のトレードマークだったヘアスタイルを一新し、ビジュアル面からトラックメイクに至るまで、徹底したコンセプトを掲げた今作『STARBOY』は、まさにThe Weeknd自身の手によって第2章を迎えるにふさわしい内容だ。

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トータルタイム68分、全18曲と前週にシェアされたBruno Mars『24K Magic』とは対照的なボリュームである。あくまで“デジタルアルバム”として現代のテクノロジーに則った今作は、圧倒的なボリュームからも、アルバム全体を通して聴かせる自信に満ち溢れている。まだ聴いてない人は是非デジタル購入するか、Spotify, Apple Musicなどでストリーミング視聴してみてほしい。もしこの機会を逃すようなことがあれば、2020年の東京五輪の際、世界各国の人々が日本を訪れた時「キミは『STARBOY』聴いてないの?」なんて会話が交わされた瞬間、あなたは確実に赤っ恥をかくはずだ。

 

アルバムがシェアされるまでの巧みなマーケティングは以前書いたnoteに任せるとして、ここではなぜ『STARBOY』が2016年の決定打と称されるのかを、アルバムに関係する人物や作品を挙げながら紐解いてみたいと思う。

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01. Daft Punkとのシンクロニシティ:「Starboy」「I Feel It Coming」

まず、何と言ってもDaft Punkを2016年の音楽シーンに召喚した(引きずり出したとも言える)功績は大きい。Daft Punkにとって、最新作は3年前にシェアされた『RANDOM ACCESS MEMORIES』(2013)まで遡り、パフォーマンスにおいては2014年のグラミー賞以降、一切登場していないことになる。


そんな表舞台から距離を置いたDaft Punkが、なぜThe Weekndの為に現場復帰したのか。おそらく、The Weekndの唯一無二な声はもちろん、過去を葬ってまで未来を創造する、その大胆なクリエイティビティにデビュー当時の、または革新的作品となった『Ramdam〜』制作時の自分たちを重ね合わせたのではないだろうか。今作を聴いていると、The Weeknd自身の音楽的バックボーンにアクセスできるとともに、彼が『Randam〜』に抱いていたアメリカン・クラシックへの偏愛にも近い眼差しを感じることができる。

テクノロジーの代償をその身をもって表現して来たDaft Punkが(彼ら自身のビジュアルも“1999年9月9日にコンピュータのバグによって機材が爆発しサイボーグ化してしまった”というイントロダクションがDaft Punkにはある)今回の『STARBOY』で自分を殺してまで新たなペルソナ獲得にこだわったAbel Tesfaye(*The Weekndの本名)に、思わず自分たちを投影してもおかしくはないはず。むしろ、誰かに自分を重ねることが音楽表現において今年トレンディなことは間違いないことだ。

実際、それらを裏付ける証拠としてDaft Punkがフィーチャリングした「Starboy」「I Feel It Coming」の2曲に耳を傾けてほしい。名だたるプレイヤーを起用し、アナロギーなサウンド・プロダクションにシフトした『Ramdam〜』以降のDaft Punk作品として位置付けても、この2曲は過去と未来の両極をアップデートしたトラックメイクが意識的に施されている。どちらもスムースなR&Bビートで持って、The Weekndのヴォーカルが際立つボトム作りを意識している。

ビートと低音域に見るDaft Punkの変容は、チップチューンビッグビート、EDM、フューチャーベースなど、今現在までのビート/エレクトロミュージックの変化を常に2, 3歩先取りしていた。ジャズやヒップホップ、エレクトニカなどを結集させた複合的な音楽作品が『Ramdam〜』以降に数多く誕生したのも記憶に新しい。

The Weekndも、ネットを通じて3枚のミックステープをフリー配布したことから話題を集めた出自を持つ。未だサブスクリプションサービスがニッチなコンテンツだった時代、Chance The Rapperより3年も早くアクションを起こしていることも、改めて挙げておこう。

先進性と更新性をノスタルジーに浸かることなく、テクノロジーを持ってアウトプットする。The WeekndがDaft Punkというこれ以上ない存在をバックに付けられたのは決して偶然ではない。未来を作り出すお互いの創作本能が、2016年のタイミングで引き起こした、必然とも呼べるシンクロニシティが本質にある。

The Weekndは最新インタビューでDaft Punkとスタジオ入りするその日、すでに自分のために曲が用意されていたことに興奮した旨も語っている。表題曲である「Starboy」、本編後エンドロールBGMの役割も担う「i Feel It Coming」が双璧を成しているように、彼らのスタジオワークによって生じた化学反応が『STARBOY』全体のコンセプトに直結しているのは言うまでもないだろう。

02. 2人のシンガーと孤高のラッパーがクロスオーバーする:「Sidewalk」

Daft Punkの眠っている間、世界の音楽の中心に居座り続けたラッパーがいる。

『STARBOY』シェア前に公開されたトラックリストに記載されたゲストアーティストには、そのラッパーの名がしっかりとクレジットされていた。Lana Del Rey, Futureと並び、誰もが胸熱くしたその名、時代をときめくラップスター:Kendrick Lamar、その人である。

 以前noteにて2016年におけるKendrick Lamarの活躍をまとめたが、どうやらその末尾に“The Weeknd『STARBOY』”を追記する必要がありそうだ。2人の邂逅に驚きはしなかったが、コラボレートしたM6「Sidewalk」を耳にしたその瞬間、2016年の頂を見せつけられた気がした。

「Saidewalk」にて、冒頭、The Weekndはこう歌う。

I ran out of tears when I was 18

(18の時に涙を流しきってしまった)

 

さらに

Rich folk problem through a Queens Street nigga's eyes

クイーンズストリートから富裕層の問題を見続けてきた

 

以上のように、自身の体験をリリックに織り込んでおり、静寂で狂喜に満ちたその文脈はKendrickのヴァースにも伝染している。ダーティーかつアバンギャルドなリリックは聡明で風通しの良いライミングとともに「Sidewalk」を盛り上げ、アルバムのちょうどセンターに位置していることからも、アルバムの裏リードとも受け取れることができる。

※詳しいリリック全文はこちらで↓

半生とユーモアを認めたThe Weeknd。ギャングスタなキーワードと卓越したライムセンスでアルバム中枢を刺激するKendrick Lamar。柔と剛を合わせた才能がぶつかる場所が「Sidewalk」(=歩道)というのも面白い。そのトラックタイトルもThe Weekndが敬愛するMJが得意としたダンス(サイドウォーク)にも由来してるのかもしれない。Kendrickも、それは理解しているはずあろうが。

そして、この強烈な才能に割って入るゲストヴォーカルがもう1人。人口約2万人、ミシガン州はイプシランティ出身の R&Bシンガー:Daniel Wilsonである。今年6月にデビューEP をシェアしたばかりの26歳で、私も以前Twitterで紹介したばかりだったが、まさかその次に名前を目にするのがThe Weekndの新作いなるとは。

しかし「Sidewalk」にて彼の声を聴き、すぐさまSam Smithの顔を想像した人も多いはず(実際自分もSam Smithだと思い込んだ)。それほど神々しいDanielのファルセットヴォイスには、Sam Smith同様の魅力を多くのリスナーが見出したのではないだろうか。

魅惑的なファルセットを持つ卓越した彼が、The Weekndと同一線上で並べられる事で注目されるのは必須だ。アメリカン・ミュージックの純然たるそのフックアップ精神には感服するばかりだし、リスナーはフックアップに対して非常に柔軟な免疫を持ってもいる。「Sidewalk」ではソングライティングを務めているA Tribe Called QuestAli Shaheed Muhammadなどの目にも、間違いなく止まったであろう。彼にまつわる今後の展開も注目しておいて損はなさそうだ。

2人のシンガー( The Weeknd, Daniel Wilson)、そして孤高のラッパー(Kendrick Lamar)。「Sidewalk」1トラックだけみてもこの熱の入れようだ。彼らがThe Weekndとこのタイミングで運命を共にしたのは、後々大きなトピックとして浮かび上がることだろう。それがわかるのは個々の次なるアクションかもしれない。そんな先の期待も匂わせるアルバムとして、『STARBOY』はマストで押さえておくべきだと改めて強調しておきたい。

03. サンプリングに見る優れたリスナーとしてのThe Weeknd:「Secrets」「False Alarm

アルバムシェア直前に公開されたビジュアルムービー『M A N I A』にて流れるアルバム収録曲の中で、そのサンプリング素材が話題となったのがM6「Secrets」。

まずはサンプリングされた元ネタである2曲を。

Tears For Fearsのヒット曲「Pale Shelter」と、同じく83年にリリースされたThe Romanticsの代表曲「Talking in Your Sleep」を見事に調理した「Secrets」。具体的にどう調理されているのか。

フランジャーのかかった「Paul〜」のシンセベースをリズムループに引用し、乾いたクリアトーンのリズムギターを丁寧にインサート。そしてサビで「Talking〜」をほぼそのまま引用している。これはサンプリングの基本としても、アレンジメント、ひいてはリスナーの面でも優れているとしか言いようがない出来だ。

この曲がツボ!という、主に80年代に青春を謳歌した40代後半から50代の方も多いはず。イギリスを中心としたムーブメント:ニューロマンティックと、そのニューロマンティクが海を渡ったアメリカで隆盛したブリティッシュ・インヴェイジョン(第2次)。同時代性とリヴァイヴァリズムを融合させたThe Weekndのリスナーセンスは、彼が音楽史と系譜に捧げた、惜しみない愛情の片鱗と取るべきだろう。

80年代とサンプリングをキーワードにすると、M2「False Alarm」にもそのエッセンスが隠し味程度だが忍ばせてある。アウトロ部分に流れる女性の呻き声にも似たスキャットは、89年にリリースされたエチオピアのディーヴァAster Aweke「Y'shebellu」にて聴くことができる。

自分にはエチオピア音楽の知識が全くと言っていいほどないが、日本の演歌と同様にコブシに近い歌い回しがあったり、アフリカ特有のリズムやスケールとは別のアクセスを経た大衆音楽が生活に根付いているなど、エチオピア音楽には特殊な土着性が感じられる。Asterはそんなエチオピアからアメリカに拠点を移して音楽活動を続けたことでも知られているらしいが、The Weekndが彼女に行き着いた経緯も含めて、彼のパーソナルな音楽との付き合い方がワールドワイドに広がっていることがここからもわかる。

他にも、先に紹介した「Sidewalk」でAlicia KeysYou Don't Know My Name」(2003)のメロディアスなバックビートが引用されているなど、シンガー / パフォーマーである以前に、The Weeknd自身が優れたリスナーであることがこれらサンプリング元からも改めて分かるはず。さらに重要なのは、サンプリングされた曲そのものが生まれた当時のロマンや時代背景を汲み取り、適切な人選、適度なアレンジを加えて自身の血肉としていることだ。リスナーとして、ソングライターとして、またプロデューサーとしてのThe Weekndは、2016年に鳴らすべき音と鳴らしたい音を淀むことなくイコールで結びつけている。新時代の幕開けを高らかに宣言しつつも、万人に浸透するかしないか、そのギリギリのポピュラリティーを分かりやすく音で伝えている。その聞きやすさと危うさのボーダーラインに秘められた仕掛けこそ、前作『Beauty Behind the Madness』まで続いた自身にトドメを刺す凶器(「Starboy」のMVで言えばライトセーバーのような赤色の十字架)なのだと思う。

04. Cashmere Catがいる理由:True Colors」「Attention」「All I Know feat. Future」「Die for You

ここまで色々な項を挙げておいてなんだが、『STARBOY』をまとめてしまえば、過去の自分との決別、新しい音楽シーンへの引導、そして自身が愛してきた過去のアーカイブに捧げたリスナーとしての愛情表現を、多くの仲間の手を借り、徹底的に作り込んだアルバムなのである。

その仲間の中で、ピンポイントで1人のサウンドクリエイターにフォーカスを絞ってみると、この作品が2017年ではなく、2016年の内にシェアされておくべきアルバムだったことを説明することができる。

Kanye WestやFrank Ocean、Britney SpearsにFrancis and the Lightsといったシーンの最前線で注目作・名作をシェアしたアーティストのアルバムクレジットには、必ず“Cashmere Cat"の名前があった。そのことに気付いたのは夏が終わりを迎えた9月半ばだっただろうか。

彼のクレジットワークとボキャブラリーに興奮したまま、勢いでまとめたnoteではThe Weekndについても触れていた。Kendrick Lamar然り、不思議と自分のnoteにクリップした面々が2016年末に繋がっていく現状に少々戸惑いもするが。

True Colors」「Attention」「All I Know feat. Future」「Die for You」とアルバム最多4曲にクレジットされた事実からも、Cashmere CatとThe Weekndの良好な関係性は言わずもがな。Cashmere Catが現行の音楽シーンのトレンドにフィットしているのはもちろんだが、むしろ、The Weekndが彼を起用した理由は、そのフィットしたトレンドとは逆方向のクリエイター気質を持っているからではないだろうか。

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2人を取り巻く2016年のR&Bやクラブシーンには、当然のようにヒップホップやインディーロック、そしてセレブリティの名前も並列している。ジャンルは細分化されていく一方で、その一つ一つを牽引していくランドマーカーは取捨選択され、残ったものは世間からジャンルやカテゴリの救世主として崇め立てられる。つまり、自分がやりたい音楽を表現する際、誰と手を組み、どうアウトプットするかで、作品の、ひいては自分自身のアーティストカラーの方向性も決められてしまうのだ。『STARBOY』でいえば、Daft Punkは先進性を象徴する存在でもあると言えるし、そんなDaft Punkでは補えない、”ベッドルームから生まれた同じ境遇のクリエイター"の象徴にCashmere Catを選んだことは、単に過去を葬り最新を更新するだけではないということを意味している。

では、Cashmere CatはThe Weekndにとって具体的にどんな象徴なのか。ベッドルームからメジャーシーンの最前線をPCと才能で行き来する現代プロデューサーである前者と、ベッドルームから一夜でメインストリームを闊歩する権利を勝ち得た後者。出自は似通ってもいるが、ここ数年の互いの音楽シーンのポジションは少し気色が違っている。それはKendrick LamarやLana Del Reyも同じ、2013年から細かく分けての2年間は、現状のシームレスな音楽トレンドが形成されていく段階だったが故に、各々が進化を求められる時期でもあったからだ。

 “変化”と“進化"は違う。Kendrick Lamarは去年『To Pimp a Butterfly』によって“進化”した。同アルバムは人種差別や世相も含め、“変化”を促したアルバムになったが、『STARBOY』も同じように“進化”から“変化”を誘発するような効力を持っている。Cashmere cat自身もデビュー・アルバムを制作している最中であり、おそらくそれも“進化”の潮流を含んだものになっていくはずだ。

 互いが互いの“進化”を誘い、共犯関係を結び、“変化”したと認識される経緯が、2016年の音楽シーン全体での相対関係であり共通点でもあった。Cashmere Catのバウンシーでフューチャリスティックなサウンド&ビートが、『STARBOY』の中で普遍性とも希少性とも取れるトラックに用いられているのは、そんな“進化”自体の“変化”を塗り替えたかったからではないだろうか。

見た目だけでも、中身だけでも、進化は語れない。どちらも変化させるために必要な人材、その旗手としてCashmere catや上記のコラボレートがいるのだと思うと、このアルバムの響きもまた違ってくるはずだ。

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上の4項目以外にも、このアルバムに関する稀有なトピックはいくつもある。

亡くなってしまったPrinceとはレコーディングする予定だったとか、アルバムタイトルもDavid BowieStarman」に起因しているなど、実はサウンド・クレジットや参加したゲスト以外の、人間的な部分での影響が今作には幾重にも織り込まれている。

多くのメディアがシェアする今年の年間ベストに『STARBOY』は選出されないだろうが(リリース時期も問題もある)、改めて3年後、2020年の節目で振り返った際、このアルバムがあったとなかったとでは2016年の価値は大きく違っていたと、きっと誰かが何かの作品で言及するはずだ。もし誰もいないなら、自分がやるだろうけど。